第9章
和也視点
その日の午後、いつものように彼女が好きな薔薇を抱えて病室を訪れると、ベッドはもぬけの殻だった。
「絵里はどこだ?」通りかかった有栖の腕を掴み、俺は問い詰めた。
「あ……あの、外出したんです」有栖はためらいがちに言った。
「外出? あの体でどうやって? 誰とだ? どこへ行ったんだ?」俺の声は荒くなり、心臓が激しく脈打つのを感じた。
「真理子さんと一緒に」有栖は小声で答えた。「桜が見たいって、どうしても聞かなかったんです」
桜。
心臓が嫌な音を立てて沈んだ。本能が告げていた。これはただの外出ではない。今の絵里の容態で、どうしても桜が見たいと願う。その意味は、一つしか...
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チャプター
1. 第1章
2. 第2章
3. 第3章
4. 第4章

5. 第5章

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7. 第7章

8. 第8章

9. 第9章


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